目を落とす

 小用で出向いた羽田空港からの帰路、品川行きの京急電車の車内にて。空港発22時ともあって、疲れた乗客の多い車内はしんと静まり返っていた。俺の目の前に座った、20代前半と思しき3人の女性たちを除いては。
 彼女たちは乗り込んできた時から、競い合うように大声で喋り続けていた。取るに足らないその話の内容に、不幸かな同じ車両に乗り合わせた他の乗客は、嫌が応にも耳を、思考を汚される格好になった。
 ピーチクパーチク。マジアリエナイシサー! アッシカンケーナイトカオモッテェ! テカイヤジャネ?
 うっせーなぁ…と思いながら、俺はなるべく考えないようにしようと決め、膝の上の小説に目を落とした。半分も頭に入らなかった。
 10分も走った頃だろうか。
 「ちょっと君ら。」
 彼女たちの並びに座っていた中年男性が、おもむろに彼女たちに声をかけた。しびれを切らした様子であった。
 「あのさ、いくらなんでも声が大きいよ。品川に着くまでの間くらいは静かに出来ないかな! この電車に乗ってる人たちは、みんな疲れてるんだよ」
 彼女らは、自分の恥を棚に上げ、「恥をかかされた」ことにムッとしたのだろう。まともに返事すらせず、仏頂面を作り顔を見合わせていたが、その後は黙った。

 俺はもう完全に、小説の内容が入らなくなっていた(笑)。 
 男性が普段、どんな人間なのかは分からない。もしかして、必要以上に口うるさい、小舅のような煙たい人なのかも知れない。女性たちは、注意されたことを反省するでもなく、後で悪態を付きまくったかも知れない。
 それでも、「俺もあんなオジサンになりたい」と思った。
 まぁ、ただそれだけの話なんですけどね。大仰にすいません。